これからの金研を支える若手研究者たち - SPECIAL INTERVIEW

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金研百周年インタビュー > 金属材料研究所 塚崎 敦 教授

本多イズムを継承する気概を胸に、金研での物質科学研究に邁進する

研究者としての原点となった出会い

研究者としての私の原点は東京工業大学4年生で川﨑雅司先生に出会ったことにあります。
酸化亜鉛という物質を新たに半導体デバイスとして活用するための研究を行っていた川﨑先生は、バイタリティにあふれていて、自分もこの研究室に入って酸化亜鉛の研究に携わりたいと強く思いました。
当時、川﨑研究室では酸化亜鉛の他にも、強相関電子系物質の薄膜研究など様々な物質の薄膜研究が行われていたため、物質科学の幅広さや面白さを感じることができました。
研究室に入ってからの3年間を東工大で過ごした後、川﨑先生の異動と共に金研に移って博士課程での研究を継続しました。
この6年間は、まさに実験と勉強、時々気晴らしの日々でした。
朝から晩まで研究室でp型の酸化亜鉛薄膜を作ることに没頭しました。
とにかく、酸化亜鉛を用いた電流注入型青色発光ダイオードを実現することが当時の研究分野の目標で、 世界的に競争となっていた研究テーマでした。真空装置で薄膜を作るのですが、1回に5,6時間かかるので、1日に作れるのは1個か2個でした。
それでも、実験条件を変えて6年間で1000個以上の試料を作りました。
研究に進展がなく、精神的にしんどいときもありましたが、日々の些細な「気づき」と少しずつでも進展を見出せたこともあって、研究を面白く感じることもできました。
研究以外の時間では、気分転換に同期の学生たちと飲み会もよくやりました。
この6年間の苦労は一生忘れませんし、振り返れば素晴らしい修行だったと思っています。でも、2度はできませんが。
ある日、p型酸化亜鉛薄膜を作ることに成功して、それを次にn型薄膜と接合させて、青色発光させることに取り組みました。実際に青く光っているのを見たときには感動しました。
この修行と成功体験の両方が研究者としての原点になっています。

新しいプラットフォームになる物質作りと機能開発を目指して

現在は、物質中の電気伝導に着目して、酸化物やトポロジカル絶縁体などの薄膜積層構造や10nm以下の極薄膜を研究しています。
低温状態で観測される興味深い物理現象が数多くあります。例えば、超伝導や量子ホール効果などで、比較的大きなサイズでも、量子効果を発現します。
これらの性質は低温で発現しますが、効率的な冷却方法が確立すれば、室温で現在活用されている素子と比べても高付加価値を実現しうる
ポテンシャルを持っており、そうなれば十分に、社会にも貢献できる可能性があると思っています。突飛な発想かもしれませんが、地球上ではなく、宇宙空間などでの利用を考えるのも面白いですよね。
実際に、超高効率な太陽電池などは宇宙利用を視野にいれて開発されているものもあるようですし。
好奇心を刺激する興味ある物理現象を出発点にして、実際に研究室で薄膜を作り、物性や機能を測る。
このような機能開発を目指した物質創成は、物質科学研究の醍醐味と思います。
今後、アイデアを考え続けて、新しい機能のプラットフォームとなる物質や薄膜界面の創成を目指して研究していきたいと思っています。

百周年に向けて ―「今が大切」という言葉の重みを背負う―

百年分の「今」という営みを続けてきた金研に歴史の重みを感じます。私の属する低温物理学研究部門は、1952年に日本で初めてヘリウムの液化に成功して以来、長い歴史を持つ部門です。物理現象の理解に低温での物性評価は欠かせない手法ですので、
日本で最初にヘリウム活用を開始して、共同利用も実施してきたことは素晴らしいことと思います。
このような先見性のある研究展開を目指したいものです。
本多先生をはじめとする、金研のこの百年の発展を牽引されてきた歴々の先生方から、「今が大切」と「本多イズム」の薫陶を継承することは、大変な重責ではありますが、気概を胸に抱いて取り組んでいきたいと思っています。これらの言葉は私にとって、「今日という日を一生懸命生きる」という人生の教訓でもあります。本多先生が土台を作られた金研は、理学と工学を融合させ、物質研究の拠点として発展してきました。金研の発展を支えるのは研究者とともに所属する全員の力でしょう。
その一翼を担うべく、本多イズムを継承する研究者として成長できるように精進することが、何かしらの貢献に寄与するものと考えて、常に謙虚に勉強や研究に取り組んでいきます。