これからの金研を支える若手研究者たち - SPECIAL INTERVIEW

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金研百周年インタビュー > 金属材料研究所 内田 健一 准教授

金研は歴史と共に歩みながら新しい風をもたらす場所

研究者としての原点となった出会い

元々は医工学系の研究に興味があったのですが、研究室配属の直前にスピン流について研究されている齊藤英治先生のお話を聞いた時に直感的に「ここに入らないと、自分は損をする!」と感じたのです。
当時衝撃を受けたのは「スピン流は発見されたばかりで、物理法則さえまだわかっていない」という齊藤先生の言葉でした。
法則そのものを発見していく研究ができることに大きな魅力を感じました。
実際に齊藤先生は汎用性の高いスピン流の計測原理を世界に先駆けて発見するなど、すでにスピントロニクス物理の最先端を走っていました。

スピントロニクス分野では、スピンの流れ「スピン流」を自在に生成・検出・制御することが重要な課題となっており、私は現在、スピン流の新しい生成原理の開拓やそれを利用した応用技術に関する研究を行っています。

世界の誰もやったことがないことを創り上げる

大学4年生の時にスピンゼーベック効果についての研究を始め、修士1年生時の2008年にこの現象の発見に関する論文を発表しました。
もともと熱から電流を取り出すゼーベック効果については知っていたので、熱からスピン流を取り出す現象も存在するのではないかと、ふと疑問に思ったのがきっかけでした。
当時まだ4年生でスピントロニクスについて何も知らなかったからこその根拠のない思いつきだったのですが、齊藤先生は真剣に向き合ってくれました。
まずは簡単な理論計算を行い熱からスピン流を生成できるかどうかを議論し、その後実証するための実験装置を自作で作りました。
結果が出た時には大きな達成感を覚え、ここで博士課程に進む決意をしました。

スピンゼーベック効果の発見に関する最初の論文を出すまでは順調でしたが、困難はむしろ論文掲載後にありました。
研究の世界では当たり前のことですが、称賛の声を多くいただいた一方、それと同じくらい批判的・懐疑的な意見が世界中から届きました。
当時の私は研究の世界に足を踏み入れたばかりだったのに、世界中の教授や研究者たちから次から次へと批判や疑問が届くのは大変怖いことでした。
ですが、実験結果は自分たちの予想通りに出てくれましたし、齊藤先生や研究室メンバーの助けもありましたので、地道に追加データを集め、学会発表や論文で対抗しました。
そうして2年近くが経ったころ、他グループの再現実験や私自身の修士~博士課程時の実験結果が転機となり、スピンゼーベック効果はスピントロニクス分野で市民権を得ていきました。

世界の誰もやったことがないことを、自分で創り上げて世界に発信できるということは、分野によらない研究の大きな魅力だと思います。
特に物性実験分野ではそれを自分の手で実証できますので、その点に大きなやりがいと楽しさを感じています。
それに加えて、スピントロニクスは基礎研究と応用研究が非常に密接に結びついている分野であるということも、私がこの分野の研究を続けている理由の一つです。

例えば、スピンゼーベック効果を利用すれば、スピン流によって駆動される新原理の熱電変換技術を実現できます。
世の中に広く存在する膨大な熱エネルギーを、スピン流を経由して回収利用する新しい省エネ・発電技術に繋がる可能性があります。

百周年に向けて ―次の百年に繋がる新しい風―

スピンゼーベック効果を利用した熱電変換の効率は、現在はまだ応用に使える水準にはありませんので、その効率向上を目指した原理の探求を進めています。
現在は、熱だけではなく、マイクロ波、音波、光でスピン流を発生させる研究も行っています。
その一方で、これまでの研究の延長線上にはない新しい研究も行いたいと常に思っており、異分野の研究者との共同研究も進めています。
スピンゼーベック効果もスピントロニクスと熱電分野という発見当時は全く関わりの無い領域の融合によって生まれたものですし、異分野の融合によってまだまだ新しい原理や技術を生み出すことができると思っています。

金研の研究環境は日本一で、研究棟、設備、スタッフのサポートなど、研究者が研究に没頭できる環境があります。
そして、本多先生から始まった100年という長い歴史があるにもかかわらず、研究・制度・人事などあらゆる面で新しい風を取り入れている点がとても良いところだと思います。
若い研究者が准教授、教授職に就いたりしていることもその一つですし、春のお花見や、夏のビアパーティなど研究室間で一緒に楽しむことができるのもよいところです。
脈々と続いてきた金研の研究は様々な分野におけるトップクラスの研究者によって、繋がれてきました。
私は研究者としてまだまだ駆け出しですが、次の100年に繋がるような研究成果を発信していけるよう日々努力していきたいと思います。